第51号 (2020年)
魯 恩碩「五書と申命記主義的歴史書における共存・共生精神」 嶺重 淑「壁を越える福音 ── ルカ文書における共生・共存 ──」 日髙貴士耶「六書的構成と土地の民(アム・ハアレツ)的文書活動」 守屋 彰夫「『アラム語レビ文書』の翻訳と註解」 第52号 (2021年) 髙井 啓介「降霊術師の『腹話術』 ── サムエル記上28章の解釈史・受容史をめぐって ──」 大谷 哲「初期キリスト教における死後世界観と殉教者による死者の救済 ── ローマ期カルタゴでの事例を中心に ──」 長井 隆児「ヨナ書における旧約聖書からの引用句の使用法 ── 神と関わる句に着目して ──」 橘 耕太「彼らは誰と挨拶するのか ── ローマ人への手紙16章の機能 ──」 川越 菜都美「『神の箱』マリア ── 『ヤコブ原福音書』におけるマリアと家、神殿、民 ──」 第53号 (2022年) 竹内 裕「旧約は禍いについていかに語ったか ── 神の義と人間の成熟などにも触れながら ──」 遠藤 勝信「ヨハネ黙示録におけるわざわい(πληγή) ── 十のわざわい(出エジプト)の再話の伝統を背景に ──」 長井 隆児「ホセア書4章16節の翻訳と解釈 ── 拒絶と罰の狭間に救いは見えるのか ──」 河野 克也「『永遠の天幕』(ルカ16:9)のアイロニー ── ルカ福音書における悪の人物造形をめぐる一考察 ──」 大川 大地「放浪のラディカリスト・パウロと無償の福音宣教 ── Iコリント書9章における使徒の報酬とG・タイセン説をめぐって ──」 第54号 (2023年) 山吉 智久「詩篇に同じものは二つとない ── 詩篇14篇と53篇 ──」 杉江 拓磨「『ヤハウェの謀』 ── 『アトラ・ハシス』および伝ヘシオドス『名婦列伝』との比較による創世記6章1-4節の一解釈 ──」 佐藤 潤「聖書ヘブライ語の状態動詞についての意味論的考察 ── 動態と状態をめぐる意味的曖昧性をめぐって ──」 長井 隆児「不思議な羊飼い? ── アモス書3章12節の解釈と思想的背景 ──」 赤城 海「へブル書10章11-13節の構文とその釈義的意義」 大貫 隆「神も途上に・再考」 上村 静「古代ユダヤ思想における終末論と創造論 ── 死後の生をめぐる思弁を中心に ──」 |
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聖 書 学 論 集 第51号~ 目 次 |
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